五島綾子先生 最終講義
期日: 2008/02/22(16:30:00 - 17:15:00)
五島綾子先生 最終講義のご案内
 
拝啓 立春の候、皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて,静岡県立大学大学院経営情報学研究科教授、五島綾子先生は、平成20年3月31日をもって定年退職されます。この度のご退職にあたり、下記の通り最終講義が開催されます。ご多忙中のところ誠に恐縮ではございますが、多数ご参加を賜りますよう御案内申し上げます。
敬具
 
平成20年2月
静岡県立大学大学院経営情報学研究科  伊集守直、岸昭雄
(お問い合わせ email: kishi@u-shizuoka-ken.ac.jp)
 
           日 時  平成20年2月22日(金)16:30 -17:15
           場 所  静岡県立大学経営情報学部棟4314講義室
           題 目  教育・研究現場における異分野融合の試みの軌跡
 
最終講義に向けて(五島綾子先生より):
 
 1919年にM.ウェバーは『職業としての学問』の中で,“学問の専門化は時代の宿命”と述べたが,現在はこの専門主義の行き過ぎが“学問の細分化”をもたらしている。ところが,現代社会が現実に抱える課題は一つの専門では解を見出すことがむずかしい。そこで異なる専門分野の融合による課題の取り組みが求められる。しかしこの異分野融合は我が国においては極めて難しく,むしろ双方の分野の劣化をもたらすケースもある。経営情報学部にはAMC(経営・数理モデル・情報)という理念があり,異分野融合が求められている。私は経営という実務的な分野の課題を数理モデルと情報技術により定量的に解いていくことを目指していると理解していた。
 
 ところで,私はかって本学の教養科において化学教育を相当していた。教養科では基礎・教養教育のための科目と教員が並列に配置され,それぞれが独立して教育していればよかった。しかし文部省による教養科の解体が1990年代半ばに始まり,これを契機に私は経営情報学部に移籍することとなった。私には当初,環境科学と科学技術論関係の講義と卒論指導が課せられた。この移籍は学部側にとっても大きな負担と決断を要したに違いない。ここでは私は化学の専門を教える能力が要求されたのではない。私の専門を背景に本学部の理念に沿ってなにが教えられるかあるいはなにが研究できるかが問われていたのである。最終講義では,私自身がAMCの理念に沿うように教育,研究を進めてきた軌跡を述べ,本学部に対して私なりにその成果を総括する義務があると考えている。
 
 私の専門は元来,コロイド界面化学である。地味な基礎分野の化学であったが,現在では,ナノテクノロジーの中核へと発展している。私はまず生活に根ざして発展してきた化学を科学技術と社会の相互作用の視点で捉えなおし,ナノテクノロジーに至る経緯を現代化学史として著作,論文にしてきた。その一つの成果である『ナノの世界が開かれるまで』は『化学史研究』に取り上げられ,ナノテクノロジーの歴史的視点と技術経営の側面が評価された。また科学的大発見の萌芽がいかに育てられるかを論じ,基礎と応用の従来の二分法が科学の最先端ではもはや通用しない時代に達していることを事例研究で示した。この点は『ブレークスルーの科学』の著作でも論じたが,本書では白川英樹博士のセレンディピティと導電性高分子に導いた異分野融合の役割も示した。現在ではセレンディピティは経営学の人材育成においても注目される課題となっている。環境科学教育においては長年のコロイド界面化学研究の成果を生かし,生命の誕生から現在に至るまでの地球の姿をミクロとマクロの視点でとらえ,システム論で講義してきた。研究面では,自然の法則に矛盾する環境ビジネスや環境政策の問題点も提示し,家電リサイクル分野で成果を示した。地域産業政策の分野では,駿河湾深層水事業の導入の背景にあるメディアブーム,専門家と非専門家の科学認識のギャップなどを大学院生,ゼミ生とともに分析した。
 
 時代とともに経営情報学部の教育・研究体制がダイナミックに変化することは必然である。しかし実学的な経営・公共政策・情報が合体して進められていく以上,異分野融合は依然重要な課題であろう。私のささやかな知の試みが本学部の学問の発展に少しでも寄与することを望む。
 
 最近,教養解体とともに自分自身がもし理系学部に移籍していたらと想像することがある。おそらく実験室の片隅で一人,たこつぼ化された専門分野の実験と論文を,ピアレビューを意識しながら書き続けた人生で終わったことであろう。今,私の中にある学問へのより強い意欲と広い視野で科学技術と社会の相互作用をながめることができる幸運を感謝せずにはいられない。経営情報学部の先生方と私を支えてくれた学生たちに心より感謝申し上げる。
掲載日: 2008/02/08(17:06:34)